班 固(はん こ、男性、紀元後32年(建武8年)~92年(永元4年)、60歳没)
中国後漢初期の歴史家・文学者。字は孟堅。
父は班彪。班超は弟。班昭は妹。班勇の伯父。
『漢書』の編纂者として一般に知られるが、文学者としても「両都賦」などで名高い。
『後漢書』班彪列伝によると、班固は右扶風安陵県の人であり、若いころから文章に優れていた。
父の班彪も歴史家であり、班固に先立ってすでに『史記』の『後伝』65編を編纂していた。
建武30年(54年)に父が没した後、班固はその遺志をついで歴史書を編纂していたが、
「ひそかに国史を改作しようとしている」と告発されて投獄された。
弟の班超が明帝に上書したところ、冤罪として班固は許され、高く評価されて蘭台令史の職に就けられた。
後に典校秘書に遷(うつ)った。
班固は『世祖本紀』(後の『東観漢記』の一部)を共同で編纂した。
『漢書』はその後20年ほどかけて粗(ほぼ)完成したが、未完の部分を妹の班昭が引き継いで完成させた。