奔箭
【読み】ほんせん
【意味】飛び行く箭。
【文例】年光不停、如奔箭下流水。(太平記、六、民部卿三位局御夢想事)
【出典】『大漢和辞典 巻三』 大修館書房
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ウェブ上に無かった熟語や故事諺を集めました
漢文の訓読において、「東(ひがし)ス」「西(にし)ス」「南(みなみ)ス」「北(きた)ス」とある。
ちょっと違和感のあるこの読み方を調べてみた。
「西す」を例にして解説する。
【読み】にし-す
註:「セイ-す」と読んでしまいそうだが、「にし-す」が正しい。
【意味】西へ行く。西へ進む。西に向かう。
「移動や方向」を表す、あるいはその動作を示す。
【解説】
<概略>
名詞(方角)に動詞化の接尾辞「す」がついたサ行変格活用(サ変)動詞。
「活用形」という観点からは、文脈によって未然・連用・終止・連体・已然・命令のいずれにも変化する。
<文法的な仕組み>
漢文では「東」「西」などの名詞がそのまま動詞として使われる(名詞の動詞化)ことがよくある。
これを日本語(古文)に訳し下す際、名詞に「~する」を意味する助動詞・接尾辞の「す」をくっつけてサ変動詞として処理する。
<実際の活用(古文のサ変と同様)>
例えば「西す(にし‐す)」の場合、以下のように活用する。
未然形:西せ(ず) / 西し(む)
連用形:西し(たり)
終止形:西す
連体形:西する(とき)
已然形:西すれ(ば)
命令形:西せよ
漢文の書き下し文で「西す」とあれば終止形、「西すれば」とあれば已然形、「西して」とあれば連用形になる。
【文例】
「急に兵を引きて西して秦を擊て、と。項梁、乃ち八千人を以て江を渡りて西す。」<p.426>
「亦、項羽に東する意無きを示す。」<p.538>
「項羽、おおいに怒り、北して齊を擊つ。」<p.539>
「項羽、漢王、宛に在りと聞き、果して兵を引きて南す。」<p.550>
〔出典〕『新釈漢文大系 第39巻』「史記二(本紀二)」-「項羽本紀第七」
著者:吉田賢抗 出版社:明治書院 出版年月日:昭和48年4月25日初版
【読み】とうけい
【意味】
薬を調合するさじを指し、転じて医術や医者を意味する。
刀圭は、もともと「刀」の形をしていて「さじ(圭)」の役割を果たす道具から来ている。
主に「刀圭家」(=医者)の形で使われる。
類語には「薬匙」がある。
時代小説のタイトルや、医療法人の名前に見られる知的で古風な表現です。
〔出典〕『竹園の漢詩人 伊藤冠峰』 編著者:村瀬一郎 発行所:冠峰先生顕彰研究会 刊行日:1993年11月8日 p.78
【文例】
是に於イテ、吉之モ神ニ飛奮シ、刀圭ヲ擲チ、高堂ニ拝辞シテ、一剣一嚢モテ飄然トシテ西ス。
〔出典〕同上
〇高堂(こうどう)・・・両親のこと。
〇一剣一嚢(いっけんいちのう)・・・剣士や旅人が、剣一振りと身の回りのものを入れた袋(嚢)一つだけで旅をする、質素で軽快な様子、または世俗の執着を持たない清廉な心境を表す。
〇拝辞(はいじ)・・・相手からの依頼や誘い、申し出を「謹んで断る」という意味の謙譲語。
フランス詩人のジュール・ラ・フォルグ作『月光』の一節に「どりあ袍」とある。一体どんな衣裳か。

クラミス(Chlamyde[kla-mid])とは、古代ギリシャのドーリア式キトンの一種で、男性が戸外で着た短い外套(マント)のこと。普通、右肩で留めているが、左肩で留めるものもある。
〔出典〕『小学館ロベール仏和大辞典』 小学館 1988年12月10日初版
ドーリア式キトンの女性の着方は、B図の様な両肩を留めるものを指す。

註:キトン・・・古代ギリシャで男女が着用した衣服の総称。
ドーリア式キトンの男性の着方は、片方の肩で留めるのが主流だが、女性と同様両肩で留める着方もあった。
男性の着丈は腿丈(膝上まで)が多く、女性の着丈は踝までの長いものが多い。
外套は男女ともにヒマティオンと呼ばれるウール(羊毛)の一枚布を身に着けていた。後にリネン(亜麻布)が主流となった。
短いヒマティオンはクラミス(A図)ともいい、旅人や羊飼いが好んで着た。
〔出典〕『服装大百科事典 上巻』 文化出版局 1986年6月30日増補版
『月光』の「どりあ袍」の原文は「chlamyde très-dorique」と書かれている。
直訳すると「ドーリア式クラミス(外套、マント)」となる。
従って、「どりあ袍」とは、古代ギリシャから伝わるドーリア式キトンの一種。羊毛の一枚布を膝上までの長さで身体に巻き付け、片方の肩で留める短い外套(マント)のこと。即ち、A図と想像される。
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【参考】

上田敏・訳の『月光』より抜粋
「どりや袍を甲斐甲斐しくも、きりりと羽織つたお月さま、
愛の冷きつた世でござる、何卒箙の矢をとつて」
この図は眉雪がAIで作った想像図です。
〔出典〕『訳詩集 牧羊神』(改造文庫)
著者:上田敏 出版者:改造社 出版年月日:1941年4月27年 p.54『月光』
Clair de lune
O Diane à la chlamyde très-dorique,
L’Amour cuve, prend ton carquois et pique
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〇ドーリア人/ドーリス人(Dorieis)
古代ギリシャ人の一種族。ミケーネ時代にギリシャ本土の北辺エペイロスとマケドニア南西部に住み、ドーリス方言を話し、ヒレイス、ディマネス、パンフィロイノ三部族からなる氏族制度により組織されていた。ミケーネ王国の崩壊に乗じて紀元前1125年頃から南下を始め、中部のギリシャのドーリス地方を経て、前10世紀の半ば頃までにペロポネソス半島の大部分を征服。アッティカへの侵入には失敗したが、前10~前9世紀にクレタ島以下エーゲ海南部の島々と小アジアのドーリス地方に植民した。
なお、我が国では「ドーリア人」とも呼ばれるが、「ドーリア」というギリシャ語はなく「ドーリス人」を意味する英語の Dorians に由来するものと考えられる。
〔出典〕『日本大百科全書』(17) 小学館
〇ペロネ(ペロナイ)、フィブラ
古代ギリシャ語のペロネ(ペロナイ)は、肩の留め具として用いられたピンやブローチのこと。ラテン語圏ではフィブラとも呼ばれる。
現在の安全ピンの原型となった。
素材は、主に青銅や金で作られ、装飾的なブローチの役割も果たしていた。
衣服を肩で固定し、優雅なドレープを作るために不可欠なアイテムだった。

〇袍
部首:衣部(衤:ころもへん)
画数:10画
音読み:ホウ、ボウ
訓読み:うわぎ、ぬのこ、わたいれ
意味:①わたいれ。ぬのこ。②下着。ふだん着。
「子一章」(本来「囝一章」) 作・顧況
約1200年前のチャイナ、閩の地方では、子供が生まれると、役人はこれを捕え、なんと、卑劣にも去勢してしまう。
それを自分の奴隷とし、金に飽かせて、家中に何人も置く。頭髪を剃り落とし、首枷を嵌め、まるで草木を扱うような酷さ。
残酷だな~、と耳を塞ぎたくなるが、今のチャイナは、地方の子供を拉致し、臓器を抜くのである。
縦書きのPDFで「子一章」を読んで下さい。
【読み】きせん/きぜん
【意味】
飢えた者がよだれを垂らして食物を欲しがるように、ひどく羨ましがること。垂涎に同じ。
〔出典〕『竹園の漢詩人 伊藤冠峰』 編著者:村瀬一郎 発行所:冠峰先生顕彰研究会 刊行日:1993年11月8日 p.78
【文例】
而ウシテ田子晋ハ飢涎シテ禁マラズ、子柏ノ還ルニ及ビ、遂ニ之卜偕ニ行ク。
〔出典〕同上
【読み】そうりゅうの しき とかんに せまる
【意味】二匹の龍が放つ紫気が、天の川(獅子座の柄杓の辺り)に向って昇って行く様子。
【出典】『下谷叢話』岩波文庫 2000年9月14日初版 p26
松隠が兄・大沼竹渓に送った手紙の中の一文「双竜ノ紫気殆ド斗間ニ逼ル」。
【故事】「延平化龍」

【『下谷叢話』で引用された比喩的意味】
竹渓は鷲津幽林の長男として生まれながら、僅か十歳で大沼家へ養子として家を出た。理由は不仲説が考えられる。ところが、実父・幽林が病床にあった晩年、竹渓は何度も実家を訪れている。
そして、父亡き後、竹渓は実弟・松隠をして幽林の詩稿を編輯せしめ、これを菊池五山に示して批評を請うた。五山は幽林父子(幽林と竹渓)の略伝とその作二、三首を採ってこれを『五山堂詩話』に掲げた。当時五山に採録せられることは非常なる名誉であった。松隠は兄・竹渓から送られた手簡と『五山堂詩話』とを受取り、大変感激し、漢文の手紙を兄へ送った。
この手紙に前掲の「双竜ノ紫気殆ド斗間ニ逼ル」の一文がある。
この意味は二つある。
一つは、「地中に埋もれていた父上の素晴らしい詩稿(=宝剣)を、兄さんが見事に発掘して『五山堂詩話』という天下の晴れ舞台に載せた。その結果、隠されていた宝の光(紫気)が天に届くほど眩しく輝き、世に知れ渡ることになった」と、兄の功績を宝剣の発見に準えて絶賛している。即ち、優れた才能は必ず開花する、という隠喩。
もう一つは、幼い兄と父は別れたが、「父上の遺されし偉大な学問と詩才の家業を、兄さんが見事に受け継ぎ、二人は終合した。」と、二人の和解を喜んでいる。即ち、雌雄は再会する(この場合は、幽林父子)という隠喩。
この二つの意味を「双竜の紫気」は表現しているのではないか、と、思う。
『晋書』張華伝の「延平化龍」の故事をご存じだろうか?
李白や蘇軾も「双龍」「紫気」「双剣」「斗間」「豊城」などの語彙で引用しているが、この故事が何を表現しているのか、よく解らない。
色々と調べた結果、一つの意味ではないことが判った。
大きく分けて三つの意味または象徴に使われるている、と思われる。
地中から掘り出された雌雄一対の名剣(龍泉・太阿)が一度は離れ離れになるものの、最終的に「延平津」という川で合流し、二匹の龍へと姿を変えて天に去っていくという神秘的な逸話。さらに、双剣は干将と莫耶の夫婦がそれぞれ造ったものなので、転じて恋愛的とも解釈される。
【「延平化龍」の逸話は何を表現しているのか?・・・三つ考えられる】
この故事で最も強く表現されているのは、「離れ離れになっていた運命の二者が、紆余曲折を経て最終的に結ばれる」 という象徴です。
元々一対の夫婦剣であったものが、張華と雷煥という別々の人物に所有されます。しかし、持ち主たちが亡くなった後、剣はまるで自らの意志を持っているかのように川へ飛び込み、合流して龍となりました。
ここから、文学の世界では「離散した夫婦や恋人、あるいは固い絆で結ばれた親友が、時を経て奇跡的な再会を果たすこと」の比喩として使われます。
チャイナにおいて「龍」は、天に昇る最高位の瑞獣であり、「卓越した才能を持つ人物(英雄や俊才)」の象徴です。
剣が水に潜み、龍となって天へ昇っていく姿は、「どれほど不遇な時代や環境に身を置いていても、本物の才能を持った人物はいずれ時期が来れば、その本領を発揮して世に頭角を現す」ということを表しています。
「臥龍(眠れる龍:諸葛亮孔明)」が天に昇るのと同じように、優れた人物がしかるべき場所で輝く運命にあることを示しています。
また、本物の才能を持った人物は、斗間に向って紫気を放っており、人徳叡智を併せ持つ者には、それが見える。居場所が判る。
もう一つの深い思想的背景として、「天が授けた神聖な宝(あるいは人智を超えた偉大な才能)は、人間が私欲で永遠に留め置くことはできない」という自然の摂理・天命を表している。
張華という当代随一の博識な政治家であっても、非業の死を遂げたように、人間の権力や命は儚い。
人間の都合で所有されていた宝剣が、最後は人間の手を離れて本来の龍という神聖な姿に戻っていく結末は、「俗世の執着を超越し、万物は最終的に自然や天の秩序へと還っていく」という、道教的・神秘主義的な世界観を反映している。
この「延平化龍」の故事は、単なる空想ではなく、「運命的な絆(再会)」「才能の開花」「天命への回帰」という、人間の生き方やロマンを凝縮した美しい隠喩として、後世の詩人たちに愛され、引用され続けた。
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【語彙説明】
〇斗間(とかん)・・・古代チャイナの天文学(星座)における星のグループ、二十八宿の一つである「斗宿」の領域、または現代の星座でいうと「射手座」の北西側(柄杓の柄の先や、天の川の銀河中心付近)を指す。
〔別の説明1〕古代チャイナ星座では、この斗宿(射手座の柄杓の部分)の周辺にある星々や、その間(空間)を「斗間」と呼ぶ。
〔別の説明2〕チャイナの星座(星官)での位置は、二十八宿の「北方玄武七宿」の第一宿である「斗宿」の周辺を「斗間」と呼ぶ。
〔別の説明3〕北斗七星(おおぐま座)の形に似ていることから「南斗六星」とも呼ばれる六つの星の並びが有名で、この「南斗六星」の柄の部分やその周辺を「斗間」と呼ぶ。




「芸」は元々、草の名前の意味であったが、昭和21年(1946年)9月国語審議会の答申により、「藝」の新字体とされ、読みと意味が加えられた。
文筆家は手書きの原稿や下書きで「藝」の略字として「芸」と書いていたが、編集者や発行所は、校正段階で正字の「藝」に直していた。
ところが、「芸」と「藝」を無理矢理「新字体」として統一すると、「植える」と「草を刈る」の正反対の意味が同居することになった。馬鹿げている!
ホント、当時の国語審議会って・・・
いや、今の文部科学省もか。「『君』は使っちゃあ駄目とか・・・」「時間の3分は『さんぷん』は『さんふん』と言え」とか、本当に気が狂っている。
よって、本来は、統一しちゃあ駄目なんですよ。
拘りを持つ文筆家は、出版社や新聞社が常用漢字の制限をしてくるから、仕方なしに従っているが、自分の名前や社名など、許される範囲で抵抗している。
例えば「芸術」のときの「芸」は「藝」と書き区別したりする。
文芸春秋社などは『文藝春秋』と表記している。
【音読】ゲイ
【訓読】う(える)、わざ
①わざ。技術。学問。知識。身につけた技能。
②植(う)える。草木を植える。種をまいて栽培する。
【熟語】文藝、園藝、藝術、藝能、曲藝、安藝(地名)
【音読】ウン
【訓読】くさぎ(る)
①草の名前、ヘンルーダ。ミカン科の多年草。強いにおいがあり、
書物の虫食いを防ぐために用いられる。
②くさぎる。草を刈る。
【熟語】芸帙(ウンチツ)
【読み】かくこ-ていしん
【訓読】
「故きを革め新しきを鼎る」
「故きを革め新しきに鼎む」
【意味】
革故・・・古い制度・習慣・価値観を改める。
鼎新・・・新しい制度・仕組み・価値観を打ち立てる。
単なる破壊ではなく、単なる創造でもなく、「壊して、作り直す」 というもの。
現代的な解釈では、イノベーション。
旧悪を除き革新する。
「革去ㇾ故也。鼎取ㇾ新也」(革は故きを去るなり、鼎は新しきを取るなり)
革卦は旧悪を除去することで、鼎卦は新しいものを取り入れることである。
「鼎」は、生の物を煮て新しい食物にするから「取ㇾ新」という。
(出典『新撰墨場必携』)
【詳細】
易経の「革」は卦としては 革命・刷新・脱皮 を象徴する。
「鼎」は 調理器具の鼎で、「新しい秩序を煮固める」という象徴を持つ。
「革故鼎新」は、易経本体の卦辞や爻辞ではなく、総まとめ的な付録に位置する『雑卦伝』に由来する。
『雑卦伝』は、六十四卦をの中の二つの卦を取り上げたもので、その中に
第四十九卦「革卦」・・・革命、刷新、脱皮。
第五十卦「鼎卦」・・・新しい秩序を固める。制度を整える。
があり、この二つの卦の関係を一言で表したのが「革故鼎新」。
【出典】
『新撰墨場必携』中央公論社 〔「易経」雑卦伝〕 p.680
『全釈漢文大系』第10巻「易経 下」 p.127-128、p.140
【類義語】
「革旧鼎新(かくきゅうていしん)」
「鼎新革故(ていしんかくこ)」
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【語彙説明】
〇雑卦伝(ざっかでん)・・・易経の「十翼」の一つ。六十四卦の中の二つの卦を取り上げて、その対照的な意味合いを説明している。雑卦伝は「十翼」の中では最も日常に近いものであり、日常的な占いの判断をするにあたっては最も適切であるともいわれる。
十翼(じゅうよく)・・・「易経」の解釈書。経の本文を補翼する十編の書の意で、彖伝(上・下)、象伝(上・下)、繋辞伝(上・下)、文言伝、説卦伝、序卦伝、雑卦伝の十編からなる。孔子の著とされてきたが、成立は戦国時代から秦・漢代のころ。