鼎の軽重を問う
【読み】かなえの けいちょうを とう
【意味】
「鼎」とは、古代チャイナで、三本足と二つの耳の付いた青銅製の煮炊きに使う釜のこと。
料理だけでなく、表彰の贈呈物としても用いられた。
また、大きな鼎は、釜茹での刑にも利用された。
チャイナの歴史を知る上で必須の物の一つだ。

周には代々受け継がれた鼎がある。この重さを、楚の荘王が訊ねたのである。
扨、どう言う真意か?
【由来】
今回の場合の「鼎」は「九鼎」のこと。
古代夏王朝の建国の祖であり、偉大な英雄の禹が、九つの州から献上された黄金を用いて鋳造したもの。
以来、鼎は一基だが「九鼎」と称された。やがて天子の権力と王朝の正当性を象徴する至宝として、夏・殷・周の三時代に亘って継承され、その所有者が天子とされた。
註:九鼎は、九州から献上された黄金で造った一基の鼎とする説と、九基の鼎とする説とがある。大小や重さが異なる九基だと今回の故事が成立しない。前説が正しいのではないか、と思う。
【真意】
王権や権威の象徴である「鼎」。
その「重さを尋ねる」とは二つの意図が想像される。
「お前に相応しい実力があるか?」
「俺の方が所有者として相応しいんじゃないか?」
と、「お前の権威は失墜した、俺に渡せ」と迫る意図が一つ。
或いは、
「古ぼけた鼎を持っていると聞いたが、どれぐらい大きさだ?」
「どれ程の物か知らんが、それより豪華な鼎を俺は作れるぞ」
と、「お前のものより豪華な鼎を作るぞ」と威圧する意図がもう一つ。
どちらにしても、地位を奪う姿勢を示しているのだが、荘王は、後者の意図であろう。
【眉雪の補説】
「鼎の重さ」だけでなく「大きさ」も訊ねている。これは軍事力と経済力を訊ねているのである。
謂わば、初対面の相手に財布の中身を開帳しろと迫る無礼な行為だ。
「俺の財布の方が間違いなく札束が多く入っているぞ」の自信である。
諄いかもしれないが、現代風に喩える。
中東の二人の国王が対面した。
「お前のその古ぼけた指輪のダイヤは、何カラットだ?」と問う。
もし大きなダイヤの場合、
「えっ!20カラット?それじゃあ、お前の細い指には重過ぎる。似合わんな。俺の太い指なら似合う」
と、宣う。
反対に、軽い小さなダイヤの場合、
「えっ!3カラット?小さいなあ。それでも国王が嵌める指輪か?俺ならもっと大きなダイヤが買えるぞ」
と、どちらにしても見下している。
と、まあ、こんな感じの対話になるか。

この男はダイヤの大きさや輝きにしか価値を見出していない。
古ぼけたダイヤの歴史や伝統、文化と言う価値が理解できないのだ。
【故事】
楚の荘王は、自ら出征し、天下統一をすべく、湖北の庸を滅ぼし、宋を伐った。翌年には、洛水東辺の陸渾の戎を伐ち、ついに洛陽に至り、周の国都の郊外で観兵式をやって、大いに武威を示した。
周の定王は、大夫・王孫満を慰労を兼ねて荘王に遣わした。
その場面でのことである。
荘王は、王孫満に、周の「九鼎」の重さを尋ねた。
要するに、「今世は楚の天下、俺のものだ。周ではない。だからその象徴である九鼎より大きな鼎を俺が作っても、構わないな」と暗に迫ったのだ。
この無礼に対して、王孫満曰く、
「天子の威厳は鼎の軽重にあるのではなく、徳にあります」と。
訊ねた荘王は、無言で踵を返した。
【出典】
『春秋左氏伝』宣公三年
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【原文】
楚子伐陸渾之戎、遂至于雒、觀兵于周疆。定王使王孫滿勞楚子。楚子問鼎之大小輕重焉。
【読み下し文】
楚子、陸渾の戎を伐ち、遂に雒に至り、兵を周の疆に観す。
定王、王孫満をして楚子を労わしむ。楚子、鼎の大小軽重を問う。
【語彙説明】
楚子(そし)・・・楚の荘王。
陸渾(りくこん)・・・地名。河南省陸渾県。
戎(じゅう)・・・異民族の蔑称。
雒(らく)・・・洛水という川の名。
疆(さかい)・・・国境。
観(しめ)す・・・威力を示す。
定王(ていおう)・・・周の天子。
王孫満(おうまんそん)・・・周の大夫。
【参照PDF】
出典:『新釈漢文大系』「史記六」「楚世家第十」








