どりや袍(うわぎ)/どりあぼう/ドーリア袍(うわぎ)
フランス詩人のジュール・ラ・フォルグ作『月光』の一節に「どりあ袍」とある。一体どんな衣裳か。
【要約】ドーリア人の男性が着ていた外套で、次のA図の様に片方の肩で留めるクラミス(マント)と思われる。

クラミス(Chlamyde[kla-mid])とは、古代ギリシャのドーリア式キトンの一種で、男性が戸外で着た短い外套(マント)のこと。普通、右肩で留めているが、左肩で留めるものもある。
〔出典〕『小学館ロベール仏和大辞典』 小学館 1988年12月10日初版
ドーリア式キトンの女性の着方は、B図の様な両肩を留めるものを指す。

註:キトン・・・古代ギリシャで男女が着用した衣服の総称。
ドーリア式キトンの男性の着方は、片方の肩で留めるのが主流だが、女性と同様両肩で留める着方もあった。
男性の着丈は腿丈(膝上まで)が多く、女性の着丈は踝までの長いものが多い。
外套は男女ともにヒマティオンと呼ばれるウール(羊毛)の一枚布を身に着けていた。後にリネン(亜麻布)が主流となった。
短いヒマティオンはクラミス(A図)ともいい、旅人や羊飼いが好んで着た。
〔出典〕『服装大百科事典 上巻』 文化出版局 1986年6月30日増補版
【結論】
『月光』の「どりあ袍」の原文は「chlamyde très-dorique」と書かれている。
直訳すると「ドーリア式クラミス(外套、マント)」となる。
従って、「どりあ袍」とは、古代ギリシャから伝わるドーリア式キトンの一種。羊毛の一枚布を膝上までの長さで身体に巻き付け、片方の肩で留める短い外套(マント)のこと。即ち、A図と想像される。
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【参考】

【参照】
上田敏・訳の『月光』より抜粋
「どりや袍を甲斐甲斐しくも、きりりと羽織つたお月さま、
愛の冷きつた世でござる、何卒箙の矢をとつて」
この図は眉雪がAIで作った想像図です。
〔出典〕『訳詩集 牧羊神』(改造文庫)
著者:上田敏 出版者:改造社 出版年月日:1941年4月27年 p.54『月光』
【原文】
Clair de lune
O Diane à la chlamyde très-dorique,
L’Amour cuve, prend ton carquois et pique
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【追記】
〇ドーリア人/ドーリス人(Dorieis)
古代ギリシャ人の一種族。ミケーネ時代にギリシャ本土の北辺エペイロスとマケドニア南西部に住み、ドーリス方言を話し、ヒレイス、ディマネス、パンフィロイノ三部族からなる氏族制度により組織されていた。ミケーネ王国の崩壊に乗じて紀元前1125年頃から南下を始め、中部のギリシャのドーリス地方を経て、前10世紀の半ば頃までにペロポネソス半島の大部分を征服。アッティカへの侵入には失敗したが、前10~前9世紀にクレタ島以下エーゲ海南部の島々と小アジアのドーリス地方に植民した。
なお、我が国では「ドーリア人」とも呼ばれるが、「ドーリア」というギリシャ語はなく「ドーリス人」を意味する英語の Dorians に由来するものと考えられる。
〔出典〕『日本大百科全書』(17) 小学館
〇ペロネ(ペロナイ)、フィブラ
古代ギリシャ語のペロネ(ペロナイ)は、肩の留め具として用いられたピンやブローチのこと。ラテン語圏ではフィブラとも呼ばれる。
現在の安全ピンの原型となった。
素材は、主に青銅や金で作られ、装飾的なブローチの役割も果たしていた。
衣服を肩で固定し、優雅なドレープを作るために不可欠なアイテムだった。

〇袍
部首:衣部(衤:ころもへん)
画数:10画
音読み:ホウ、ボウ
訓読み:うわぎ、ぬのこ、わたいれ
意味:①わたいれ。ぬのこ。②下着。ふだん着。
