一劑/一剤
【読み】いちざい
【意味】服用時点が同一の内服薬。
【文例】
「先生ヲシテ診セシムルニ一劑ニシテ癒ユ。」
『下谷叢話』 永井荷風・著 岩波文庫 2000年9月14日発行 14頁 8行目

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二文字三文字熟語
【読み】いちざい
【意味】服用時点が同一の内服薬。
【文例】
「先生ヲシテ診セシムルニ一劑ニシテ癒ユ。」
『下谷叢話』 永井荷風・著 岩波文庫 2000年9月14日発行 14頁 8行目
月+羅の漢字
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【読み】ら
【意味】ろばの下腹の肉。
〔集韻〕〇(ら)、驢腹下肉。
【熟語】
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「(月(肉)+羅の漢字)」と「脱」で「らだつ」
【読み】らだつ
【正誤】攞脱が正しいと思われる。
(解説の成瀬哲生氏も註解で示している。)
【意味】攞脱は、抜け出ること。
【出典】『下谷叢話』 永井荷風・著 岩波文庫 2000年9月14日発行 37頁 6行目
「こゝに来遊するは一日世塵を〇脱して園林の幽趣をめづるなれば、・・・」
意味は文庫本の「注」語彙説明(264頁)を引用。
【「攞脱」と記する文献】
『東京市史稿 遊園篇 第2』「六間堂賓約」p.737
『日本弘道叢記(113)』「六間堂賓約」 (「攞脱」を「ひだつ」と振り假名)
【追記:六閑堂、六間堂、六閒堂】
『下谷叢話』岩波文庫版では、「六閑堂」と記されているが、「六間堂」が正しいと思われる。
【読み】りんけい
【意味】春秋をいふ。春秋は西狩獲麟の一句に終るからいふ。麟史。
〔獨醒雑志〕蔡京當國、春秋之學、蕭子荊謂馮澥曰、蔡氏廢麟經、忘尊王之義矣、是将爲宋王莽。
〔馬祖常、都門一百韻用韓文公曾合聯句韻詩〕羣儒修麟經、諸将宣豹略。
〔故事成語考、文事〕孔子作春秋、因獲麟而絶筆、故曰麟經。
〔枉預、春秋左氏經傳集解序〕麟鳳五靈、王者之嘉瑞也、今麟出非其時、虚其應而失其歸、此聖人所以爲感也、絶筆於猥麟之一句者所感而起、固所以爲終也。
【註】春秋とは。
『春秋』(しゅんじゅう)は、古代中国東周時代の前半(=春秋時代)の歴史を記した、編年体の歴史書。
一方で、儒教においては単なる歴史書ではなく、孔子が制作に関与した思想書であるとされ、儒教経典(五経または六経)の一つ『春秋経』として重視される。
『春秋』が読まれる際は必ず、三つの伝承流派による注釈「春秋三伝」のいずれかとともに読まれる。
『春秋』は、春秋学と呼ばれる学問領域を形成するほどに、伝統的に議論の的になってきた。
『春秋』が扱う年代であることから、「春秋時代」という名称が生まれた。
儒教においては、『春秋』は孔子によって制作された、または原書に孔子が手を加えたとされる。
但し、原書の『春秋』は散逸している為、孔子がどこに手を加えて経書の『春秋』としたのか、不明。
『春秋』の内容は、王や諸侯の死亡記事、戦争や会盟といった外交記事、および災異説にもとづく日食・地震・洪水・蝗害といった災害記事が主たる内容で、その体裁は、年月日ごとに淡々と書かれた年表あるいは官報のような体裁である(編年体)。そのような淡々とした記述の背後に、孔子の思想が隠されているとされる(春秋学)。
記事にされる出来事は魯国での出来事を中心としており、紀年法も魯国の君主の在位年が用いられている。扱われる時代は、上は魯の隠公元年(紀元前722年)から、下は哀公十四年(紀元前481年の「獲麟」と呼ばれる出来事)までの242年間にわたる。
『春秋』は、「年・時(季節)・月・日 – 記事」という体裁をとっている(編年体)。
【参考】「編年体」と「紀伝体」
「編年体」(へんねんたい)とは、歴史の記述法の一つ。起こった出来事を年代順に記してゆく方法を指す。
「紀伝体」(きでんたい)とは、歴史の記述法の一つ。個人や一つの国に関しての情報をまとめて記述する。中国の正史は全て紀伝体である。
紀伝体は、本紀、列伝、志、修史詔、四夷、国語解から成る。
「紀伝体」の名称は、このうち上位に位置づけられた2項目、「本紀」と「列伝」に由来する。
〇本紀(ほんぎ)・・・皇帝や王などの支配者に関した出来事を年毎に記述する。
〇世家(せいか)諸侯に関する記述。
〇列伝(れつでん)・・・個々の人物の伝記。
〇志(し)・・・天文・地理・礼楽・制度など、分野別の歴史。
〇表(ひょう)各種の年表や月表。載記(さいき)各地に割拠した自立諸勢力の記述。
〇修史詔(しゅうし しょう)・・・その歴史書が奉勅公撰であることを公に示すために、編纂を命じた詔勅の写しを付録したもの(『晋書』など)。
〇四夷(しい)・・・列伝から異民族出身の人物に関する記述を独立させたもの(『晋書』など)。『新五代史』では契丹(遼)がこれに含まれる。
〇国語解(こくごかい)・・・異民族王朝の場合、彼らに固有の民族語が頻出するため、特にその解説を添えたもの(『遼史』『金史』など)。
【読み】しゆう を お ふ 〔口語:しゅうをおう〕
【意味】
くさいものをおふ。嗜好の偏った喩。
〔呂覽、遇合〕人有大臭者、其親戚兄弟妻妾知識無能與居者、自苦而居海上、海上人有悦其臭者、晝夜隨而不能去。
〔曹植、與楊徳祖書〕蘭苣蓀蕙之芳、衆人所好、而海畔有逐臭之夫。
【熟語】逐臭(ちくしゅう)
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【読み】ぼうしょう/むしょう
【意味】齊(斉)の地で一種の霜をいふ。霧淞。
〔曾鞏、冬夜即事詩〕月澹千門霿淞寒。〔注〕齊寒甚、夜気如霧、凝於水上、旦起視之如雪、日出飄満階庭、尤爲可愛、齊人謂之霜淞、諺曰、霿淞重霜淞、窮漢置飯甕、以爲豊年之兆。
【註】斉(せい)とは。
古代中国・春秋戦国時代の有力国家の一つ。周代の文王や武王の軍事・経済顧問であった太公望(呂尚)が封じた国。春秋時代には桓公が管仲や鮑叔を補佐役として国を豊かにし、桓公は春秋の五覇と呼ばれた。その後、家臣の田氏に乗っ取られ、田斉となった。
【参考 同音異義語】
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【読み】ぼうしょう/むしょう
【意味】川の名。臨潢の西南。金の世宗の時、遼人伊喇鄂斡、帝を稱し、金将默音、之を此處に敗る。満洲熱河省赤峯縣の東。
【読み】せいげん
【意味】清談と同じ。
〔世説新語、文学〕謝鎭西(尚)少き時、殷浩の能く清言するを聞き、故に往きて之れに造る。~神を注ぎ意を傾け、覺えずに流汗面に交はる。
【読み】せい‐だん
【意味】清談と清言は同じ。
1.中国の魏晋時代に知識人の間に流行した老荘風の高踏的な哲学議論をいう。晋代の「竹林の七賢」の清談は特に有名。
2.世俗を離れた、趣味・芸術・学問などの高尚な話。
【読み】ししはんせず
【意味】『詩経』斉風「猗嗟」の句に基づく表現で、反は矢が反復して同じ場所に当たること。
【文例】
「先生射ヲ善クシ、四矢反セズトイヘドモイマダカツテ彀ヲ出デズ。」
〔意訳〕「先生は(矢を)射るのが上手く、四本の矢が同じ所に当たる程ではないが、(直径約36㎝の)的を外すことはない。」
『下谷叢話』 永井荷風・著 岩波文庫 2000年9月14日発行 15頁 14行目
意味は文庫本の「注」語彙説明(260頁)を引用。解説者は成瀬哲生教授(山科大学)。
註:図書館で数種の辞書字典に当ったが見つからなかったので、文庫本の解説を引用させて頂いた。
【出典】
『詩経』斉風「猗嗟」より一部抜粋(『新釈漢文大系』を参照)
〔原文〕
四矢反兮 以禦亂兮
〔読み下し文〕
四矢反る 以て亂を禦ぐ
〔現代口語文〕
四矢はみごとに重なる。国の乱れを禦ぐに足る頼もしい人よ。
〔意味〕
「四矢」は、射儀に用いる四本の矢の意(毛伝・集伝)。
「反」は、四本の矢が皆同じところに復るの意、つまり四矢が重なり合って的中することをいう。
毛伝鄭箋の「反は復るなり。礼射は三たびして止む。射る毎に四矢、皆其の故処を得。此を之れ復と謂ふ。射は必ず四矢とは、其の能く四方の乱を禦ぐに象る」、屈万里の「反は復なり。四矢皆重複して一処より出づるを謂ふ」による。
林義光は的に中たった矢を抜して、復射る、これを四回くり返しても四矢がすべて同じところに中たるとする。
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縦書きのPDFで読むなら → 詩経「斉風」猗嗟
【読み】ほうだん
【意味】「飽食暖衣/飽食煖衣」(ほうしょくだんい)の略。
不自由のない生活のたとえ。または、贅沢な生活のたとえ。
飽きるくらいの十分な食料と暖かい衣服があって、生活に困らないという意味から。
【出典】『孟子』「滕文公・上」
【類義語】
暖衣飽食/煖衣飽食(だんい-ほうしょく)
錦衣玉食(きんい-ぎょくしょく)
侈衣美食(しい-びしょく)
豊衣足食(ほうい-そくしょく)