山人(さんじん)

【意味】

号(筆名)につける接尾辞。文人・墨客ぼっかく雅号がごうに添えて用いる語。

山人を「やまびと」と読めば、意味が異なり、通常、山稼やまかせぎをする木こりや炭焼すみやきのことをいう。
かつては、村人に対して、山中にいた住民を山人やまびとまたは山男やまおとこと呼んでいた。

【伝来】

山人さんじんは、チャイナから伝来したものだが、日本での意味はチャイナと若干じゃっかん異なる。

まあ、チャイナでも時代や地域によって異なりますからね。

と言うより、決まった定義が無い、と言った方が適切だと思う。

山人とは、おおよそ、文人の職称しょくしょうを表す言葉。

【日本の歴史】

日本における山人は、平安時代の弘仁年間に活躍した漢詩人・惟良春道 これよあしのはるみちが「惟山人」と称したのを黎明れいめいとする。

江戸時代で山人と言ってす ぐ思い浮かべるのは「風来ふうらい山人」こと平賀源内ひらがげんないであろう。

しょく山人」は、大田南畝で、吏隠りいん的生活を送った人である。

註:吏隠(りいん)・・・低い官吏の身分に隠れること。

江戸後期の町民文 化を反映した戯作者には、「東里山人」「鼻山人」「色山人」など山人号をもつ者が少なくない。

その流れは明治時代の「紅葉山人」こと尾崎紅葉に及んでいる。

「漱石山人」は夏目漱石、「春畝しゅんぽ山人」は伊藤博文、「迂山人」こと中岡慎太郎など、文学者、政治家、志士の山人号もこの時代の流行であった。

阪急電鉄の創立者の小林一三こばやしいちぞうは後に「逸翁いつおう」の雅号がごうで多 くの文化活動を行ったが、青年期には「逸山人」の名で時代小説を書いている。

現代で最も有名なのは、北大路魯山人であろう。死後なおコマーシャルに登場するのは、まさに山人の真骨頂であろう。

ちなみにチャイナの山人さんじん

山人とは特に明代末期に顕著にみられる一種の知識人の形態であり、その名とは裏腹に主に 都会に生活し、詩文などによって高級官僚に寄生し、ひいては政治の裏面に暗躍する堕落した 文人として、非難の対象になっていた。

非難の対象となった数多あまたの山人は、大概、科挙試験に落第し高級官僚の道を断たれた者が、食べていくための苦心策だった面がある。

本来、山人とは医術や占術を職業とする人々 の職称であった。